預言者の言葉、、、(示現)25、

さて、私の親愛なる兄弟姉妹達、私は貴方達に断言しなす、此れ等は死者と生者に関する原則であり、私達の救いに関して軽々しく見過ごす事の出来ない物です、彼等の救いは私達の救いにとって必要であり、不可欠だからです、其れはパウロが先祖について、私達無しに彼等が完全な者とされる事は無いと言っている様に、私達の死者無しには、私達も完全な者とされる事は無いのです、

さて、死者の為のバプテスマに関して、私はパウロのもう一つの言葉、即ちコリント人への手紙を引用しましょう、もし死者が決して甦らないとすれば、死者の為にバプテスマを受ける人々は何をするのであろうか、何故死者の為にバプテスマを受けるのか、

更に又、此の引用文に関連して、一人の預言者の言葉を引用しましょう、彼は神権の回復と、終りの時に示される栄光と、又特に永遠の福音に属する総ての事項の中で最も栄光在る此の事柄、即ち、死者の為のバプテスマに其の目を注いで居ました、マラキは其の書で言っています、見よ、主の大いなる恐るべき日が来る前に、私は預言者エリヤを貴方達に遣わす、彼は先祖の心を子孫に、子孫の心を其の先祖に向けさせる、此れは私が来て、呪いを持って地を打つ事の無い様にする為である、

私は此れを持って分かり易く翻訳する事も出来ましたが、此の侭でも十分に分かり易く、私の目的に適います、此の場合、先祖と子孫の間にある事項について固い繋がりが無ければ、地は呪いを持って打たれると言う事を知るだけで十分です、さて、其の事項とは何でしょうか、其れは死者の為のバプテスマです、彼等無しには私達が完全な者とされる事は無く、又私達無しには彼等が完全な者とされる事は無いのです、

又福音にあって死んだ者無しには、彼等も私達も完全な者とされる事は有りません、今や訪れ様として居る時満ちる神権時代の到来に当って、アダムの時代から現在に至るまでの、神権時代と鍵と力と栄光の総ての、悉くの、完全な和合と結合が起こり、示される事が必要だからです、又此れだけでは無く、世の初めから未だ一度も示されて居らず、知恵のある者や賢い者から隠されて来た数々の事柄も、此の時満ちる神権時代には、嬰児や乳飲み子に示される事でしょう、、、と有ります、。教義と聖約。